新年明けましておめでとうございます。
2018年。平成三十年。
昭和の大喪の礼。僕は中学生でした。
あれから、三十年。
あっという間というか、なんというか、三十年です。
今年のお正月も天候に恵まれて、穏やかな新年の幕開けとなりましたね。
今朝の職場の朝礼では時代の変化について話をする者もいて、確かにと納得しました。
わたしの去年はといえば、もしかするとこの10年で最も忙しい年だったかもなぁと振り返りました。
さて、今年はどうなるか。そう思うのが例年ですが、
今年は、どうするか。
そう考える方がよりよい気がします。
5年くらい前でしょうか。「ワークライフバランス」という言葉をよく耳にした気がします。
それは、格好の良い流行り言葉でありながら、でも、本質的に大切なことを示唆していました。
だから、多くの人が、その言葉を手掛かりにいろんなことを講じたのではないかと思います。
それを、遅ればせながら考えるのも良いかなぁと思う。
あ、ところで、今年はどうするか。
そう考えることは、はっきり言って、それでは、遅いのでしょうね。
その時考えるのでは遅いんです。
たぶん、今の時点で、今年やることは決まっていて、来年どうするかを、今考える。
なかなか、できることではありませんが、そうなれるようにやっていきたいものですね。
平成三十年。
記憶に残る年にしよう!
今年もどうぞよろしくお願いします!
正月6日、仕事始めに静岡浅間神社にお参りにいきました。
三が日を過ぎてはいましたが、境内は同じように仕事始めと思しき人たちで賑わっておりました。
これまでは、ほとんど意識して来なかった神社へのお参りですが、昨年、伊勢神宮や出雲大社の遷宮の話題が多かったせいか、どうも影響を受けているようです。
そこで、これを機に調べたのが、柏手の打ち方(笑)
親類にひとり、とても上手に柏手を打つ者がいる(仏具関係の会社に勤務)のですが、それにひきかえ。。。(汗)
ともかく、いくつかの本やサイトをみた結果、こんな意味と方法が解りました。
その一部がこちら。
神社で実際に拍手を打つ時には、掌を合わせたとき、右手を左手の第一関節付近まで下げてから打つようにしましょう。
これは神道には、左手を「陽=霊」、右手を「陰=体(身)」とし、あくまで霊を主体とする考え方があるためです。
つまり、右手を少し下げることによって霊を上位とするのです。(神社.com)
両手を合わせ、左右に開いた後に再び合わせる行為を指す。
通常、手を再び合わせる際に音を出す。
音を出す理由は、感謝や喜びを表すためであり、凶事や悲しみを表す行事においては音を出さない作法(後述)もある。
他に、願いをかなえるために神を呼び出すため、邪気を祓うためともいわれる。
この場合、音を出さないのは故人の霊を祓ってしまわないためとされる。(Wikipedia)
う〜ん。なるほど。そうだったのか!
まだ、快音とまではいきませんが、二拝二拍手一拝、綺麗にできるようになりたいです(笑)
天地(あめつち)の神にぞ祈る朝なぎの
海のごとくになみたたぬ世を
平成二十五年九月十九日
静岡浅間神社 舞殿 仲秋管絃祭より
ふと、振り返れば、すぐ近くに美しいものがあることに気づきます。
穏やかな気持ちの中から生まれるもの。
それが一番、強くてぶれないもの。
いつも、そうなれますように!
紅葉のアップの写真を撮影したのは、何年ぶりでしょうか。
いろんな赤、自然のコレクション。
その色は、着物によく見るななんて、思いながら。
四柱神社境内にて(松本市)
湖がみたくて、箱根神社の鳥居へ行ってみたら、いい景色。
おちつくような、ワクワクするような、そんな気分になりました。
これは、ご利益。今では、パワースポットなんていうのかな。
そんなわけで、意気揚々と次の現場に向かったのでありました♪